12A猫で学んだこと-Memoir-

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ベテランの方との対話から学んだこと-ステルスは吊るべき?-

ベテランの方は, 哲学をもって人狼というゲームに取り組んでいるなーと思いました. 学べたことがあったのでメモを.

 

11Aや12A猫の吊り余裕1の配役で、初日のグレランで「ステルス」の人を吊るべきかどうかというのが 議題としてありました. 「ステルスは狼要素の1つであるが、ステルスだから吊るというのは一種の思考停止である」 というのが私の意見です.

 

「ステルスの人間は残されてSGになり、最終日の殴り合いで負ける」 という意見がありましたが, これは 「ステルスの意見の人間が狼目であるという意見を(最終日の判断役が)もっている」 という推測にもとづいていますね.

 

「ステルスの人は考え方が読めない. 意図的に考え方を出さないのは視点漏れが怖い狼や狂人の可能性が高い. だから吊ろう」というのが自分のステルスに対する基本的なスタンスです. だから、他の人の発言をみて、視点漏れがあったらそちらに投票しますが、 それが無かったら、ステルスの人に投票です.

 

吊り余裕がもう少し多かったり, 狐がいる時にはまた少し考え方が変わってくるんですけどね. 自分はあんまり好きではありませんが, 素村になるとステルスになって消極的村柱をする人がいます. その人が, 柱を望むなら吊ってやろうじゃないかという考え方が加わるので, 自分の中ではより積極的にステルス吊りに動きます.

 

勝つことが目的ではなく、楽しい人狼をすることが目的なら、 色々喋った方がいいと思うので、ステルスを吊ろうというのは分かるんですよね。 でも、これは村陣営は「村の勝利を目指すべき」という姿勢からは少しずれていますよね. 「村の勝利を目指すべき」という考え方からみれば, 厳密に言えば、非意図的な利敵行為といってもいいでしょう. だって, 吊り先のゲームの選択を「勝利のため」ではなく、「ゲームの面白さ」を 理由にして選んでいるんですから.

 

-占狼村村-における狼と判断役の戦術と均衡解- - 12A猫で学んだこと-Memoir-

で考えたのですが, 極めたもの達の人狼というのは, ただ単に 確率的に進行が定まり, 確率的に村、狼、狐の勝率が決まるものだと思っています. 単なるじゃんけんになるだけです. だから、ステルスは意図的な利敵行為ではない.

 

まとめると, 以下のような感じでしょうか. 「ステルスが人外 or 人外ではない」という推測も考え方の1つにすぎない. 「ステルスはゲームに参加していないに等しいから吊るべき」というのは, 狼を吊る可能性を高くするという本来のゲームの目的から離れた要素による考察である. ただ, 自分個人の意見としてステルスは視点漏れを恐れた狼の可能性が高いと見る.

 

 

「強い人狼プレイヤーは良い考察発言が出来るプレイヤー」である というのも1つの考え方にすぎませんね. 良い考察が出来るプレイヤーは見てて面白いのでその意味では上手だと思いますが, それは勝率の高さとは別の問題です.

 

強い人狼プレイヤーなんて憧れませんし, なりたいとも思わないんですよね. それより, 自分は「考察文が面白いプレイヤー」になりかったです. そう言ってくださる人がいたから, 自分は人狼をある程度の期間続けたのでしょうね. 本当に凄いのは、村の参加者から信頼されているGMさん達だったり、 動画などの媒体でエンターテイメントを提供してくれている人達ですよね.

 

・・・自分が, プレースタイルに惚れた方が1人いらっしゃいます. あの方の論理力は高かった. そして, 人の考え方の多様性を認めている方だった. そして、とても穏やかな人だった・・・素晴らしかったな・・